不安神経症でも生きてきた

不安神経症を21歳で発症して四半世紀以上経ちました。予期不安のみになり服用がなくなってからは18年。診察内容や認知行動療法での治療について、また、日々の思いなどを書いています。

2015年01月

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担当医が決まるまで


地元で有名な、医療法人の精神科の門を叩いた私。

初診の診察は院長先生だった。
前の記事で書いたように、19歳の時の身内の裏切りが原因で、
不安神経症に罹ったと診断した先生。

次に診察した先生はまた別のN先生。

「念の為検査しましょうね」

と言われた。
何の検査をしたのか忘れてしまったが、心電図をしたのは覚えている。

動悸がする、と申告したのかは記憶にない。

結局内科的疾患を排除する為にしたのかも。
もちろん異常はなし。

自分に合った精神安定剤が決まるまで


院長先生とN先生、各々抗不安剤の処方が違った。
N先生はあれこれと数種類の薬を処方。
院長先生だと思ったが、処方薬を飲んだら理由はわからないが、
上手く歩けなくなってしまって、また別の先生の時に受診。

それが今も診てもらってるU先生。
院長先生の息子さんだ。(変わった苗字で同じだったから多分そう)

処方は替わって、ワイパックスに。
これがぴったり合いよく効いて、私はまた働きに行けるようになった。

このこともあり、私はその後ずっとU先生の曜日に受診していた。

この世でたった一人の大切な人を
信じられなくて泣いている

 

信じられない 信じられない

信じたい

 

信じたい人を 信じられなくて

目に見えるものしか信じられなくて

 

ただただ、悲しくて
泣いている

ずっと得体のしれないものに付きまとわれている感覚のあった私だけど、
高校2年~3年は、人並みにに高校生活をエンジョイしていた。

卒業後は服飾デザインの専門学校へ。

 

その頃からだ、環境が変わったせいか、吐き気に悩まされたのは。
何を思ったのか吐き気には二日酔いのドリンクだと、
嘔吐恐怖症だった私は、そこかしらの薬局に駆け込んでいた。

そのうち学校にも慣れ、吐き気は治まった。

 

それからしばらくしてあの出来事が起きた。
今も苦しめられる、今も夢でうなされるあの出来事が。

あれが私の地獄の幕開け。

何もかもに裏切られ、何もかもが信じられず、絶望した。

 

それからは、裏切りの連続。
20歳にもまた大きな出来事が。

ついに私は心も体も壊れてしまった。

ふらつきが出だし、耳鼻科受診。
検査の結果、異常なし。

もう行き付くところはあそこしかない。

 

地元で有名な精神病院へ一人でむかった。
身体的症状だけではなかった。精神的にもおかしくなってる自覚があったから。

てっきり20歳の時の出来事が原因だと思ったら、
はっきり初診の時の医師が言った。

19歳の時の出来事が原因だと。

後に替わった担当医も言った。

「八方を壁で塞がれてこうなったんだよ」と。

 

病名は「不安神経症」

「ノイローゼって聞いたことある?」
と言われた時の衝撃。

 

今でも本当に思う。よく死ななかったと。

しばらくして、道で偶然会った男友達にも言われたのだ。

「生きてたのか」

死んでるか、刺してるかと思ってたと。

なかなか言われないでしょ?
「生きてたのか」なんて。

 

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