不安神経症でも生きてきた

不安神経症を21歳で発症して四半世紀以上経ちました。予期不安のみになり服用がなくなってからは18年。診察内容や認知行動療法での治療について、また、日々の思いなどを書いています。

2015年02月

手帳にメモした医師の言葉 2001

2001年、2002年と少ないので、まとめて書くことに。
2000年と重複する言葉もあるかも。

それくらい同じことを口が酸っぱくなるほど言われてるんだろう。

「もうなくなってもいい頃」
なんて言われている・・・・ 
あれから13年経つけど未だなくなってないな~・・・

仕事してもいいと言われてたっけ。
週3のバイトの面接に一件行ったけれど、見事採用されず。
そんなこともあった。

この頃はやっと少しづつ動けるようになった頃。
まだまだ一人で出かけることは出来なかったけど。

2001年のメモ


困り方が違ってる
問題にした時点から問題

原因を考えるのは有効ではない

良くなったり悪くなったりも、そのうちなくなるから

消すことより共存

予測範囲内のことしか起きてないでしょ


2002年のメモ



自分でここまでと限界を決めておいて
前に進めないって矛盾

完璧にしようとするから
知らないことがあると困る

良い時も悪い時も理由を考えない
点検しない

想像の域
もうなくなってもいい頃なのに、しつこいなぁ・・・

波があるんだから、固定しなくてもいい
仕事していいよ

不安神経症 診察室 精神科医の言葉

このカテゴリーでは、2000年から手帳にメモしたU先生の言葉を書いていきます。
ひと言メモです。
病院から帰宅後メモしているので、U先生の言葉一語一句同じではないかも知れません。

不安神経症ですので、U先生の言葉はもちろん不安に対してです。
つらい時はこれを見返して、なんとか希望を繋げていました。

2000年のメモ



反省は必要ない するかしないか

100%フォローしようとすることが不合理
維持しようとすることが無理

もう十分慣れる位、経験してる

同じ方法でダメなら、他の方法にしてみるのが試行錯誤

(症状を)増やすことが出来たら、減らすことも出来る

うまくいかない事はやめる
うまくいく事は続ける

何も起こらない事に慣れる

絶対起こると思ってるから、調子が良いと悪くなる

良いか悪いか区分する事が間違い

起きるか起きないかを見る事が×

できてる

止まったままバランスをとろうとしても無理
活動していたから、うまくいっていた

日々良くなってくと信じなきゃ
良くなってくのにブレーキはかけれられない

結果に関与出来ない

自分で想像しているだけ

そのうち気付く
あと一息

自分でコントロールなんて出来ない 何が出来る?

出口なんてないのに、出口を探してる

気になる時は、気にしていい
そのうち面倒になるから

良くなると反動が出る 後退もある
そのうち出なくなるけど

そのうち差がなくなる

治そうとした時 大問題になる

らせん状に良くなってく
同じ繰り返しの様だけど、上昇している

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担当医が決まってからのこと



地元の精神病院で、U先生の曜日に受診するようになった私。

でも、精神科の罹り方なんてわからないし、何を話せばいいのか、
どこまで私の病気と関係ある話なのか、さっぱりわからず、
それ以前に私は心を閉ざしていた。

もう四半世紀も前のことなので、きっかけは覚えてないが、
最初の病院で一度だけ心のうちを泣きながら話したことがある。

多分U先生が「何か困ってることはない?」みたいなことを言ったのだと思う。

「うまく・・・うまく行かないんです」

その当時の私にとって大問題なのは、症状のこともそうだが、
交際している男性とうまく行かないこともかなりの部分を占めていたのだ。

ひと言口にしたら、堰を切ったように涙が溢れてしまった。

今までずっと口をつぐんできた私が、急に感情をあらわにするもんだから、
U先生もちょっと驚いて、その時点で診察時間が過ぎていたので、

「こっちに来てもらっていい?」

と別室に連れていかれて、話の続きをした。

この時の診察内容はこれ以外覚えてないのだが、
「いつもいつもいつも、うまくいかない」という私に、

「だって不安を何とかして貰いたいと思うから、そりゃうまくいかないよ」
とU先生は言った。

(別カテで今度書くが、不安神経症ゆえに人間関係が、
特に男性との関係がうまくいかないのだ。)

担当医について転院


泣きながら感情をぶちまけたのは、最初の精神病院ではその時だけ。
それ以降は淡々と「変わりありません」としか言わなかった。

それが1年くらい続いた頃だろうか、
U先生から開業しますという郵便はがきが届いた。

最初の病院は自宅から車で10分ちょっと。
U先生が開業する病院は、車で40分ほどかかる。

それでも何の迷いもなく、私はU先生についていった。



転院後もやっぱり私は、
「変わりありません」「ふらつきます」とだけ言い、
U先生は「いつもの薬出しておきますね」とだけ言って終了という診察が続いた。

たまに「どうしたらいいのかわかりません」と言うこともあった。

U先生は「何を?」とは訊かない。

いつも「グレーもあるよ」

と言ったけど、
つらいからどうにかしたいのに、グレーのまま過ごすことなんて
出来ないじゃない・・・・と心の中で思ってたっけ。

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